澄まし【すまし】


 霞弓道部の方針とでも言いましょうか。ウ〜ン、管理人、我が部での澄ましの位置づけを微妙に把握出来ていなかったりします(汗)。『澄まし』が部の象徴になったのは私が入部する以前の話ですから、どなたかこの経緯に詳しいOB・OGの方、ご教授下さい。宜しくお願いします。→Mail


 さて、『澄まし』の意味する所ですが、簡単に言ってしまうと"心を澄ます"、つまり純粋な心にすることです。そして『澄まし』には『前の澄まし』、『中の澄まし』、『後の澄まし』があります。

 『前の澄まし』は射法八節を行う前の澄ましです。試合の時、控えで座って目を閉じている人がいますが、この人は澄ましをとっているのです。決して試合前日夜遅くまで麻雀などをしていたため、眠たいというわけではないのです(時にはそんな人もいるかも知れませんが)。行射の間だけ集中していれば十分なのですが、人間はそう簡単に心を弓だけに集中できません。普通の人は試合前に騒げば余韻が残るものです。控えで澄ましをとるだけで試合中の雑念(煩悩ともいう?)や緊張は少なくなると思います。

 『中の澄まし』は試合に限らず、弓を引く際には常に行わなければならない澄ましです。弓道ではなく弓術の問題です。本座から射位に進む前、執弓の姿勢から澄ましをとって、まず自分が的の正面に傾かずに立っているかを確かめます。そして射法八節の一節、一節を行う前には『澄まし』をとって自分が何をしようとしているのか、どういう体勢にあるのかを確かめるのです。更に言うと、弓を引くという行為は澄ましの連続です。引き分けの最中も"心を澄まし"て、左右の肘を感じます。引き分けに澄ましの気持ちがないと、いわゆる「雑な引き分け」になります。ここで念のための注意ですが、『澄まし』とは止まることではありません。大三をとる時に澄ましをとるよう言われることが多いと思います。これは正面打ち起こしの場合、打ち起こしから大三への動作で最も姿勢を崩し易いためです。大三をとるのが苦しいから少し休憩をしなさいという意味ではありません。見ていると大三で緩んでいる人がいます(泣)。『中の澄まし』は大切ですから、意識して下さい。

 『後の澄まし』。??勉強不足で行射の後か残身か、どちらのことをいっているのかわかりません。ただ残身を語っていることが多いように見受けられます。確かに離れの後、澄ましがなければ自分が先程の射で行ったことを誤解する事があります。『後の澄まし』については調べなおして、再び書き直させていただきます。


 以上で述べた澄ましは哲学的な弓道論ではなく、実践的な手段です。宇宙と一体となるのだ!などと言う難しいことではありません。誰でも出来る簡単な事です。「澄ましをとるなんて気取っているようで嫌だなぁ」と思っていた人も、これを読んで澄ましをとっていただければ幸いです。

【追加】
 出田先生によると霞弓道部では、特に弓構え、打起し、大三をとるときに澄ましをとるように指導してきたそうです。